「甲子園」という名のタイムマシーン
子供の頃の夏休みの風景というのはいつも決まっていた。
うだるような暑さ、意味をなさない扇風機、セミの鳴き声、少しだけ冷たいフローリング。
当時はこんな夏休みが毎年のように、永遠に続くんだと信じてやまなかった。
大人になった今、それは幻想に過ぎなかったのだと嫌でも痛感させられる。
休みなんか続いて6連休がせいぜい。実家に帰るのは一苦労だし、地元の友達は皆東京へ行ってしまった。
『もう”あの夏休み”は二度と来ない』
その事実だけが重く突き刺さる。
全てが変わってしまった。
数学の宿題も無ければ、時給の良かった市民プール監視員のバイトもない、毎日のようにキャッチボールに明け暮れた友達もいない。あの頃と自分を繋ぐものは何一つない。
そう思ったとき、テレビで流れる甲子園の中継が目に映った。
金属音と、ブラスバンドの音と、真っ白な日差しと、真っ黒な黒土と。
その風景はあの頃から何ら変わっちゃいない。
いつもの夏休みに見慣れていた甲子園の風景が、自分を一瞬だけあの頃の夏休みへと連れ戻してくれた気がした。
自分は「高校野球」が好きとは言えないのかもしれない。
高校野球を通して思い起こされる「あの頃の夏」が好きでたまらないのだ。
あの日と同じように、マウンドでうずくまる名も知らない球児を見て、そんな事を思った。